お侍様 小劇場 extra
〜寵猫抄より

   “さくら みにいく?”


この冬はまた、ずんと寒かったし雪もひどかったよねぇ、
そうそう、
お年寄りしかいないお家では
毎日の雪かきや雪下ろしも大変だったろうねぇと、

 「毎年 同じように話している気がするのは、
  それこそ気のせいでしょうかねぇ。」

確か昨年も
記録的な豪雪とか、雪を捨てる場所が満タンになったとか、
そんな大変なニュースばかりを毎日聞いたような気がするのに。
今年もまたぞろ
“記録的な”の連呼だったような気がしますよねと。
今更なことを ひょいと訊いて来た敏腕秘書殿だったのは。
収集日が近いからと、
古紙にあたる潰した空き箱だの古新聞だのを束ねていたため、
豪雪関係の事故という記事が目についてのことからか。
はたまた、判らないことは勘兵衛様に訊いてみようが発動したか。
本人にはそういう意識はないのかもしれないが、
ビニールの梱包ロープで手際よく古新聞の束を縛りつつという、
“ながら”の中で スルリとこぼれて来た言いようだった辺り、
どうも後者のほうであるようなと、

 “ずんと幼いころからのことじゃああるが。”

訊かれた勘兵衛の側では側で、何ともくすぐったい想いが絶えぬらしく。
まだまだ現役なこたつの指定席へと座したまま、
今日の新聞をゆったりと広げたその高さに誤魔化すようにし。
精悍な口許へと浮かんだ苦笑が、
相手へ見えぬようにとさりげなくも持ち上げてみたり、
微妙な工夫を凝らしていたりする。

  そも、どうしてまた そんな他愛ないことを、
  ひょこりと口へ上らせた七郎次だったのかといえば。

リビングに据えられた大きめなテレビの画面には、
早咲きの桜を何としても堪能したいか、
昨夜は冷たい小雨が降ったというに、
ポットや使い捨てカイロを持参し、吐息も白くしながら、
それでもと集まっていた若い人らの
夜桜見物の模様が映し出されていて。

 『プチプチを敷くと意外と暖かいんですよね。』

お酒が入れば体の中からも温まりますし なんて、
インタビューへとご陽気に応じていた若い衆。
我慢比べのようなお花見を、
それでも彼らなりに楽しんでおいでだったのが。
何も雨の中を酔狂なという呆れ半分、
でもでも、気持ちは判らんでもないような。

 「お互いのスケジュール合わせをしている場合じゃないって。
  今週中じゃないと間に合わないって、
  微妙な逼迫感みたいなものを覚えてしまったんでしょうねぇ。」

 「さようさの。
  何と言うても、この場合は桜が優先されようし。」

とはいえ、
桜という名目がないと、集まってはいけない訳でもなかろうに、
それ以前に、そもそも風情とか風流とか、
そうまで大事にしたい世代でもなかろうにね。
それほどまでに、今年の春は出だしがおかしい。
三月弥生に入った途端、
お雛祭りと共にという勢いで、GW並みの気温となった煽りか、
今年の桜は 何と半月も前倒しでその開花を知ろしめしており。
標準木が咲いたとなれば あとは瞬く間…というのが桜という樹の特性。
これは三月中にも満開を迎えるぞ、四月は葉桜だぞなんて、
急ぎ足の春爛漫に まだまだ寝ぼけ眼な段階だった人々を
ほらほらと急かし倒したほどだったのに。

  だっていうのに

都心での 桜と言えばの名所
上野や不忍池、千鳥ヶ淵辺りが満開を迎えた昨日今日は、
寒の戻りか花冷えか、
上着と手套が要るほどの 早春相応な寒さが舞い戻っており。
雨になったのも相俟って、
せっかくの桜を眺むるお人も
しょうことなしにとはいえ がくりと減った。

  人間が勝手をしたおして自然を蹂躙したのの、
  これも帳尻合わせというものか。

  いや勘兵衛様、それはちと大仰ですって、と。

今日も微妙に曇天の、ややひんやりとするお昼前。
今のところは急ぎの執筆予定もないらしい島谷せんせえと、
うなじへ束ねた金絲も白皙の細おもても きららかに麗しい、
モデルばりの風貌でありながら、
家事全般に手際のよろしい秘書殿とが。
テレビが投じる時事の話題を肴にし、
平日のひとときをのんびりと過ごしておいでだったが、

 「桜か。
  この雲が晴れたら、我らも花見へ出向こうかの。」

 「いいですね。
  お弁当を作って、生菓子も揃えて。
  そうそう、林田さんを誘いましょうか?」

  だが、いかにもな名所は無しだぞ?
  判っておりますとも、と

さすがは敏腕秘書殿、そこいら辺りも心得たもので。
リビングの大きな掃き出し窓の向こう、
曇天とはいえ白々と明るい空模様を眺めやりつつ、

 「大川の土手は都心の名所より遅いめですから、
  この雲が去るころには 丁度満開になりますよ。」

ご近所の一等見事な花見の名所とその現状も、
ちゃんと御存知な辺りは卒がない。
勘兵衛の気に入り、
手びねりの風合いも味のある、
重たげな焼きものの湯飲みへと
芳しい煎茶を丁寧に淹れて差し上げつつ、

 「お散歩コースのシモツキ神社も枝垂れ桜がきれいですが、
  あすこだと久蔵やクロちゃんが
  ただ眺めるのにすぐ飽きて、木に登りかねませんので。」

 「あんな大きいのへか?」

 「だから そこが問題なのですって。」

登ったはいいが降りられないという一騒動になりかねぬと。
他でもない可愛がっている久蔵の難儀の話だのに、
説明の途中から、
先に吹き出し掛かっていたりする七郎次だというのも珍しい。
そろそろ青年という年頃でもないだろうに、
骨張ることも精悍に削げることもないままのすべらかな頬を、
軽やかな笑みで温めているお顔は、
何とも瑞々しいまんまで目映いばかり。

 “…なんともなぁ。”

単に朗らかだとか、考えようが単純で幼いという訳でもなければ、
一端の悪党連中でさえ ひと睨みで怯ませるだけの胆力も持ち合わす、
それなりの強かさを備えた人性をした人物だというに。
このような屈託のなさという素朴な資質も
曇らせることなくの健やかに持ち合わせていて。

  そんなせいか、それとも
  そうなるべくの“何か”を
  その身・その意志のどこかへ
  こそりと沈めてでもいるものか。

勘兵衛が秘密裏に隠し持つ とある素性や素養をもってして、
油断なく護衛せねばと思わせるよな、
困った部分もなかなか衰えを見せないようで。

 “一つところに居着かぬ方が、
  寄ってたかってをされぬかと思うたのだがな。”

今や、夜中の闇もあって無きもの、
地球の裏側とでさえじかに話ができる時代だ。
ずんと昔ほどには、
人々も 形の無いものへ怯えることをしなくなり、
それへの畏敬からという信心も薄れて久しい世であるがゆえ。
形の無い者らも力の蓄えようがなくなったか、
さほどの悪さは出来ぬはずが、

 “大人になったのみならず、
  他者との交わりで清童でなくなろうと、
  関係なく匂い立つ何かがあるようではな。”

一体どれほどの加護を持つものが宿る身か、
悪しきものがやたらと寄りつく御仁ゆえ。
危なっかしくて放ってもおけぬと
その傍らから離れられない勘兵衛もまた、
ある意味ではそれらと同類か。(おいおい)
そんなこんなで 片時も離れずという態勢で、
彼の護りを固めるようになって どのくらいとなるものか…。

  …という具合で

会社勤めの人がいないからこそ、
平日だろうが昼間だろうが
ひょこりとどこへでも出掛けられる彼らではあり。
事実、以前の彼らはと言えば、
勘兵衛の執筆に間が空いて時間が許せば、ではあったが、
あんまりこの家にも居着かずのこと、
自由人ならではな無計画にて、
早ければ房総、遅れたなら北陸や東北と、
桜の名所を追いかけるような旅行にも、
頻繁に出向いたものだった……のだけれども。
ここ数年ほどは、そういえば、
年末の年越し以外では、
日帰り以上の旅行というへのも それほど出掛けなくなったような。

  ……というのも

それまでの気楽な独身男二人という暮らしようだったものが、
ひょんなことから微妙に様変わりしたからであり。

 「……おや?」

てきぱきと資源ごみをまとめていた作業も終わり、
束ねた古新聞やお道具のあれこれを
玄関近くの納戸へとしまって来た七郎次。
居間へと戻っての、
そのまま自分も、おこたへと入り掛かったものの。
ごそこそ、もそごそと、
同じ空間ながら微妙に離れた辺りの窓辺にて、
小さい者同士で遊んでいたはずの
おちびさんたちの片割れが。
ひとり とぽとぽと
こっちへやって来た気配に気がついたらしく。

 「久蔵?」

屈みかかっていた身を起こすと、自分からも間を詰めて、
やってくる存在を待ち受ける。
金の綿毛もふわふかと愛らしく、
赤い玻璃珠のような双眸を据えたまろやかな造作のお顔に、
まだまだ幼くて寸の足りない手足をした。
柔らかそうなフリース風の身なりも暖かそうな、
小さな小さな愛らしい坊や。
よてちよてちという歩調も幼い、
まだまだ赤ん坊の域を出てなさげな、
稚い年頃の男の子…に見えているけれど。
実のところは、
キャラメル色のモヘアのような毛並みをした
メインクーンという種の仔猫さんなのであり。

 「みゃあ・みゃっ。」

ぽてぽてという歩調からでは判りにくかったが、
サイドボードに映り込んでいた仔猫の姿では
これでも弾むようにたったか駆けて来た坊やだったようで。
どうしたの?と自分を覗き込んで来た
七郎次の手元へ自分の手を伸ばすと、
カットソーぽいシャツの上へ重ねていた、
淡色カーディガンの袖口を、きゅうと掴んで力なく引っ張る。
元来たほうへ“来て”と言いたいらしく、
小さなかかとに踏ん張りをかけても、
何とも頼りないところがまた、
可愛らしくってたまらぬ七郎次であったようだが、

 「どうしたのかな?」

はぁくはぁくと、急がせるお顔の真摯さに、
ああ緩んでいる場合ではなさそうだと気を取り直すと。
こっちへ来て来てと誘なわれるまま、
窓辺近くの、
コタツが真ん中に来ている間だけ
そちらへ移動させられたソファーの一部、
一人掛けのひじ掛けタイプの椅子が
置かれてあるところへ歩んで行ったのだけれども。

 「???」

急かされたものの、特に何かが見受けられもせず。
時折明るくなるのは雨雲が立ち去る前兆か、
とはいえ、
座面へ落ちたサッシの枠の陰がくっきりするところまでは行かぬまま、
再び曖昧でぼんやりとした色合いに沈む。
それを辿りかかった七郎次の視線が、
ソファーの座面へ無造作に置いたままにされていた
ボックスティッシュに何げなく留まり。

 「……あれ?」

実にシンプルな図柄の、ボール紙の小箱。
ポップアップ仕様になっているボックスティッシュ。
ありきたりな存在だけれど、
当家のリビングに限っては、
剥き出しのまんまで使っては無かったはずだけどもなと、
その違和感に 今頃になって七郎次が気づいた模様。
他でもない、こちらへ来てと呼びに来た久蔵が、
隙あらば中身を ごそそ・がそそと引き抜いて遊ぶからで。
キッチンや玄関先といった場所は別として、
このリビングのだけは、
組木細工の重々しいケースをかぶせて
坊やが簡単には引き抜けないようにしていなかったかな?
それを不審だと思って……じいと見つめておれば、

  ―― ごそそ、と

その小箱が生き物のように唐突に動いたもんだから。

 「……………っ、うぁ。」

び、びくうっと肩を跳ねさせ、
覗き込みかけていた身を起こしまでした七郎次だったが。

 いや待て待て、いくら何でもアレはまだ早いぞ。
 それにそうだとしても、こんな大物を動かせるか? アレって。
 そんな化け物クラスのアレか? アレなのか?

あまりに判りやすい反射と、
やはり判りやすいその後の硬直とあって。

 「  …………。」
 「〜〜何を笑っておいでですか。勘兵衛様。////////」

吹き出しそうで辛抱たまらんという擬音絵文字はないものか。
結構なこらえ性のはずが、
それでも可笑しさを隠し切れずにいた壮年殿へ。
何へ怯んだか気づいてますよね、それ…と、
こちらは隠すのも諦めたか、その代わり、
恨めしげなお顔を向ける辺り、なかなかの呼吸の合いようであり。

 「いや。そちらといや、クロは見えぬか?」
 「え? あ、そっか。」

久蔵の弟分の、もっと小さい黒猫さんの姿がそういや見えぬ。
またまた ごそそっと動いたボックスティッシュから、
にぃという小さなお声も聞こえたからには、
疑ったり、ましてや怯んでいる場合では無さそうで。
ソファーの座面に腰を掛け、そおと持ち上げたボール紙の箱は、
バランス悪く転がる仕掛け車のように、
妙な位置に重みが感じられ。
底の部分を片手で支えつつ、
ティッシュを引き出す口から中を覗き込めば、
1枚ずつ取り出せるよう、切り目の入ったビニールが張られたところ越し、
小さな小さな仔猫のお顔が見上げて来るのと視線が合って。

 「ありゃまあ。」

どうやら、よじ登って遊んでいるうちに
この切れ目からボスッと、勢いよく中へ落ちたクロちゃんだったらしい。
中身が減っていたが故の悲劇とも言え、

 「でも変ですよね、どうしてカバーが外れているやら。」

中へ嵌まったのは、弾みと自分の重さという合わせ技があってこそ。
故に、入ったところから出て来れない理屈は判るし、
そこへ手を突っ込んで出してやるのも窮屈だろというのは
実は……前例もあることなのでと、
七郎次の判断も早かった。

 “誰とは言いませんが、
  久蔵のときは中で大暴れして
  “此処よ此処よ”と知らせてくれたもんで。”

言うとるがな、七郎次さん。(う〜ん…)
箱は水平にしたまま、脇の合わせへ手を掛けると、
使い終えた箱を平たくする折に開ける要領で、
ミシン目に沿ってぺりりと口が開くように押し開けて。
残っているティッシュごと、ごそっと横すべりという格好で引き出せば。
あと僅かだった厚みの上にちょこりと乗っかったまま、
クロちゃんの小さな総身が七郎次のお膝の上へと現れる。

 「みゃあぁう、にぃ。」
 「ああ よしよし、災難だったねぇ。」

いくら小さいとはいえ、
最近のボックスティッシュはよりコンパクトにを競っている観があっての
外箱も薄くなっているので。
(値上げしない代わりに、枚数を減らすとか
 ティッシュ自体の厚さや大きさを
 コンパクトにしているからってのもあるそうですが…。)
入ったそのまま、身動き出来なくて、
随分と窮屈だったろうねと。
舞妓さんでも安心な おはぎサイズの(こらこら)
小さな小さな仔猫さんが
怖かったの苦しかったのと言いたげに
声を振り絞って みいにいと鳴くのを宥めるようにして、
よーしよーしと撫でてやり。

 「クロちゃんも久蔵も、明日はお花見に行こうねぇ。」
 「みゃあ?」

おっかない目に遭ったのだもの、
これはもうご褒美として出掛けるしかないですよねと。
ちゃっかりと決定事項にしてしまった、
敏腕秘書殿こと、当家で最強のおっ母様だったようでございます。


  だってほら。桜には勝てませんもの、ねえ?





   〜Fine〜 13.03.28.


  *関東地方は、今日は晴れて、しかも暑かったそうですね。
   何なんでしょうか、相変わらずのこの乱高下。
   晩によく眠れないのは、寝苦しいからかも知れません。
   でも、お昼寝出来ない人には
   時期的なものだから…では すみませんものね。
   どうかご自愛くださいませ。

  *ちなみに、
   クロちゃんの場合、もしも速やかに発見されなきゃされないで、
   むんっとばかり 大きな姿へ実体化して
   箱を内側から引き裂くという脱出も出来なかなかったのですが。

   《 誰が片づけると思っとるのだとか、
     しらっと言い出しかねぬ御主なのでな。》

   《そ、そうなのか?》

   屋根の上から
   お屋敷町ならではの点在する夜桜を観つつ、
   兵庫さんへ ぼやいてたらいいです、うんうん。

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